2017年03月06日

君の瞳に映る世界は・・・(小説・改)

【序章】

 ぎりり、ぎりりと音が鳴っていた。
 音が徐々に近づいてくる。
 目を開けようとした。
 けれど、できなかった。
 身体を上から圧(お)されている。そんな感じだ。
 目を開かなくては。
 充満するガスの匂い。耳に届く悲鳴。ここから逃げなくては。

 ――誰か……

 音にならない言葉が唇から零れていく。

 ――ここにいるから。

 だから見つけて。
 救い出して。
 こんなところで人生が終わるなんて、そんな悲しいことはないだろう。



【一話】鮮やかなモノクロ



 久住恭介(くずみきょうすけ)は己が特別な存在であると考えたことはなかった。
 体つきは平均であり、特技もない。
 そこらへんにいる大学生で、色の区別が付けにくい大衆の中の1人。
 異性と青春を謳歌できるほど華やかな外見をしていないし、のめり込める趣味もない。
 他者と違うところを挙げよと言われれば、写真が撮ることを挙げるが、それにしても抜きん出ているわけではない。
 さらに言うと、久住の撮る写真には変なものが写りこむ事が多い。それを怪奇だと囃し立てる学友たちには毎度困り果てている。
 霊能力があるわけではない。平凡なサラリーマンと主婦の息子だ。陰陽師が親戚にいたこともない。
 だからオカルト部に勧誘するのはやめてほしいと常々願っている。
「っ! さっむ」
 秋風が体温を奪うように項を通り過ぎると、久住はコートの胸元をかき集めた。
 たいして温かくならないのはコートが安物だからだと言われたが、金が貯まることのない大学生活。節約して暮らしてなにが悪い。
 つま先に火を灯したとしても、せっかくの1人暮らし。親に見つからない自由な時間のためなら少しくらいは守銭奴にもなろう。
 見上げると空は曇天。遠方に見える黒い雲は雨さえも運んできそうだ。
「まったく、こんなに日わざわざ撮影しなくてもいいのに」
 手を擦り合わせて温めるように息を吐く。
 写真部の部長である神埼から、よい撮影スポットを見つけたと連絡が来たのは朝方のこと。
 気持ちよく寝ていたところを起こされた件については不満を言ってもいいだろうか。
 ふと、久住は己の隣を歩く黒猫を見た。歩調が合っているのか、猫と平行に進んでいく。
 それは偶然でも数分に渡って。そうなると不思議なもので、自分と猫が運命づけられているように感じる。
「君はどこかに行くのか?」
 応えなど返ってこないと知っているが話しかけてみる。と猫は久住を悠然と無視し、小路へと消えていった。
 その様子に、君との運命はここで終わりかと微笑んで視線を戻す。
「ん? ……こんなところに、個展?」
 見慣れない小さな看板が目に留まった。
 いつも通る道なのだがと、しげしげと覗き込む。教授が言っていた、人間は己に興味のない大概の事を記憶せずに生きていると。これもその一つだろう。注視しなければ見えないもの。
「写真の展示か」
 コルクボードには愛らしい文字で『ギャラリー、千葉 見学料は無料です!』と書かれている。
 個人展だろうか。少し剥(は)げた両開き式の木戸は開いており、細い廊下の先には古びたエレベータが1つ。
 興味本位で上階へのボタンを押すと、チンと安っぽい音と共に扉が開いた。
 腕時計を確認する。現在時刻13時14分。集合は現地に14時なので時間には余裕がある。
「ちょっと見てみるか」
 言って久住はエレベータに乗り込んだ。理由などない。
 ゆっくりと閉まる扉が外の景色を奪っていく。ぐんと身体が揺れると上に持ち上げられる感覚がする。随分と緩やかな動きで上階へと向かうらしい。
 築年数が経っている所為もあるだろうが、四方を囲む壁には疵(きず)がやたらと多い。
 その中の一つ、コインで削られた文字に久住は目をとめた。
「あ、い、た、い?」
 歪な風に書かれた逢瀬の願い。恋人へのメッセージだろうか。
 ならばこんな所ではなく、文月に飾られる笹にでも書けばロマンティックになるだろうに。
 チンと、やはり安い音を立ててエレベータがとまる。
 踏み出すと年季の入った木製の扉が出迎えてくれた。
 他にはなにもない。非常階段も。消火器も。窓も。
 誰もいないかもしれないと少し不安になりながらも、手を扉に当て押し開ける。
 軋む音が響く中、古臭い匂いが鼻についた。
 全体的に暗い部屋だ。間接照明しかないせいだろう。小窓は3つあるが、内1つがカーテンで隠されている。
「いらっしゃい。珍しいね、お客さん?」
「いま、やってますか?」
「やってるよ。好きに見てね、他にお客さんもいないから」
 人がいたことに安堵しながら閲覧を訊ねる。
 カウンターにいたのは工具用エプロンを着た女性。セミロングの髪に、少しのたれ目。知的というよりは柔らかい印象だ。
 彼女は猫を模したスリッパを履(は)いている。案外お茶目なのかもしれない。
 そこで久住は、部屋に飾られている写真に色がないことに気がついた。
 アイボリー色の壁にモノトーンな写真が規則的に並んでいる。
「モノクロ写真、ですか」
「若い子はあまり好きじゃないかな?」
「いいえ、見せてもらいます」
 音もない。色もない。白と黒のコントラストが印象的な絵が壁に並んでいる。
 息を吐くと呼吸音すら邪魔な気がして、久住は息をとめた。
 太陽が輝いている場所は強烈に白く、建物は己の存在を隠すかのように黒く染まっている。
 色があって然るべき場所に色がない。その矛盾にひどく惹かれた。
 世には色が溢れていて、人は目を通してそれらを認知する。またそれぞれの色には特定の感情を促進させる効果もあると聞いた事がある。それらが剥ぎ取られた世界。
 飾りつけられたモノすべてをそぎ落とし、ありのままでフレームに収まっている。
 そこにどうしようもなく惹かれる。
 もっと近くで見たいと久住が一歩足を踏み出すと、女性がカウンターから身体を乗り出した。
「なにもないところだけど。お茶くらいなら出せるけど?」
「いえ、お構いなく」
「写真、撮る人?」
「はい、風景画を」
「人は? 嫌い?」
「人は……うまく撮れないので」
 人を撮ると、どうしてもそこにいないモノまで映りこんでしまうから。
 表情を落とした久住に女性も苦笑する。
「そっか。私もね、カラーはうまく撮れないの。色があると駄目みたい」
「……そうなんですか?」
「撮ろうって頑張るんだけど、結局ここに戻ってきちゃって」
「得意分野ということですか?」
「うーん、そういうのじゃないよ。たぶん」
 首を傾げる久住に女性は気にしないでと笑った。
 カラーが上手く撮れない人もいるのだろう。久住が人を上手く撮れないように。
 女性が上手く撮れない原因はなんだろうと考えて首を振る。考えすぎだ。
 出会って数分しか経っていない相手に突っ込んだ話をされても困るだろう。
 久住は視線を写真に戻した。やはり、色のない鮮やかな世界が広がっている。
「綺麗ですね」
「ん?」
「写真」
「ありがとう」
 女性が微笑む。
 それだけでいいと思えた。写真は無理をして撮るものではない。彼女がこの写真らを望んで撮ったのなら、それで十分だ。
 モノクロ写真は撮ったことがなかったが、この期に一度試してみるのもいいかもしれない。
 葉から落ちる瞬間の雫。普通であれば瑞々しい光景が、白と黒の世界だとどこか背徳的だ。
 首を傾けると一角だけ変に黒い写真だらけの場所があった。近づくと乱雑に写真が貼られている。
「これは――」
「ああ、これは……あはは、やだな。外し忘れてたなんて」
 久住についてきた女性は慌てて写真を外しだした。
 写真に収められているのは人々。そして、崩壊した家たち。
 おそらくは、この間に起きた地震のものだろう。写真を片付ける女性の指の隙間から瓦礫などが断片的に見えた。
 あの地震でたくさんの人が死んだ。学友の中にも死んだ人がいたはずだ。葬式に出て、悲しんで、そうしてようやく復興しだした今なのだから。 
 静かな白黒の世界。
 血は黒く映るんだなと久住は胸中で1人ごちた。
 と、ズボンに仕舞った携帯のバイブレーションが、けたたましく出ろとせかしてくる。
「携帯? いいよ、出ても」
「すみません。はい、久住。え? でもまだ時間は……分かりました、今から行きます」
 通話先の相手は用件だけ伝えると返事も聞かず切ってしまった。
 内容は集合場所に今すぐ来いとのこと。
 ツーツーと小さな音が部屋に響いている。
「呼び出し?」
「すみません、待ち合わせ時間はまだなんですが、早く来いって」
「ううん、いいよ。ありがとうね、こんな小さな個展を覗いてくれて」
「いいえ。……あの。また来てもいいですか」
 久住の言葉が意外だったのか、女性は驚いて、しかし嬉しそうに微笑んだ。
「木曜日と土日以外は開いてるよ」
「はい」
 年季の入った扉を押し開き、狭いエレベータに乗る。
 古くて汚いのはさっきと一緒だ。
 けれど。
「あれ? 落書き、消えてる」
 来るときにあった落書きが消えていた。
posted by 日下稔 at 19:00 | Comment(0) | なんちゃって小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年01月23日

ツイッターのやつ 複数

ゆっくりにも程がある日下です!!


●流星★彡さん


 諸君はカーナビというものを知っているだろうか。
 そうだ、車に装備されているアレだ。
 多種多様な形状をし、機能も充実したそれは日々人間が車で遠出をする際に役立っている。
 まぁ時折不確かな情報をよこして混乱させるのだが。
「くそう、指が反応しない!!」
 タッチパネル式の画面を押すこと既に1分30秒ほど。選択したいボタンの上を指が何度もすり抜ける。
 ここで素直に反応してくれれば可愛げもあるのに、画面はうんともすんとも言わない。
「どうしてこうも、反応しない!」
 強く押したところで反応するはずもないのに、つい力が入ってしまう。知り合いには機械オンチだとか言われるが、けしてそんなことはない、機械がこちらを拒絶しているのだ。
「あーも」
 したいことはただ一つ、目的地の設定だけなのに。
 諦めて座席に背を預ける。 
 行きたいと思えない結婚式場に出向かない理由になるだろうか、これは。
 カーナビが反応しないから出席できなかった。なんて言えば母は激怒することだろう。
 祝いの席に現れない妹に父も呆顔をするに違いない。
 ハンドルを握る。
「行きたいわけないじゃん」
 愛する人が自分ではない誰かと結婚する会場になど。


ただいま発車不可能です!


●山口和将さん


 己の姿を映すほどに磨き上げられた大理石の神殿。その優美な床に散りばめられたのは肉片だった。
 取り囲む神官たちはみな一様に青ざめ、血の気を失った顔で互いを見やっている。
 本当ならば、この場に現れるはずは第一王子の代用品。異世界から招かれる人間。しかしそれは姿を現したと思うがいなや、腹を膨らませ爆死したのだ。
 マルティナ王国第一王子、ルーファスが暗殺されてから3日。秘密裏に替え玉を用意せよとの命により召還の儀を行っていたのだが、失敗に終わった。
 そもそも異世界から人間を喚び起こすのはイニシエの禁術。高位とはいえ寄せ集めの神官たちには荷が重すぎた。
「我らは滅ぶ定めか」
 儀式を見守っていた初老の男が、しわがれた声で呟く。
 隣国との戦争を回避すべく設けられた政略結婚。ルーファスはその任を任されていたのに。
 どのような理由があれ、婚姻が結ばれなければ再び国は戦火へと舞い戻ることだろう。
 初老の男が残念だと頭を下げる。
 そこへ駆け寄る足音が一つ。
「大神官さま、ご報告です。騎士団の見習いに、王子殿下によく似た容貌の少年がいると!」


 替え玉作戦


●柚羽りおさん


 このまま朽ち果ててやろうかと思った。
 それほどまでの衝撃だったのだ。
 鏡に映る己の姿、頭部には見慣れる獣耳のようなモノが見え、ユズハは瞠目した。
 言葉が尽きたわけでもないのに出てこない。
 恐る恐ると触ってみると柔かく温かい。ぴぴぴと動いたりもする。どうやら神経が通っているようで、引っ張ると痛い。
 そんなトンデモな現実を寝起きで体験した絶望はいかほどか。
「くそ、どうしてこんなことに」
 こんな姿をさらすわけにはいかない。
「クサカには絶対に見られないようにしないと」
 『ぷっすー、ダッサ。なんだそれ!』など言われるに違いないのだから。
「とりあえず、隠れるべし」
 こぶしを握る。
 絶対に見つからないようにしなければ。
 せめてこの獣耳が消えるまでは。


MIMI!!


●chirolさん


 愛されていると感じるのは一瞬で、ソレはすぐ彼方へと消えてしまう。
 誰かが言うの愛の言葉をどうすれば信じられるのか。
 言葉は絶対ではない。その場かぎりで効力を失くし無価値となるものも多くある。
 にも拘らず永遠だなどという言葉をなぜ持ち出してくるのか。
 彼らをどうすれば信じられるというのか。
「お姉ちゃんはさ、信じたくないだけじゃない」
 そう言ったのは血のつながらない弟だった。両親の再婚によって無理やり家族とされた間柄の人間。
 愛していると嘯いた輩の一人。彼の愛は信じるに値しない、なぜなら――
「じゃあ、お別れだね」
 彼は明日、この家を出て行くのだから。
 彼を信じることができたのなら、それは考えても仕方のない話。
 結局は誰の愛も信じることができないのだろう。自分はそういう生き物だ。
 そうして愛は手をすり抜けていく。


 零愛(こぼしあい)


●縁茜莉さん


 薄い藤色のクリスタルの中に、彼女はいた。
 中は重力がないのか、少女はフワフワと浮いている。華奢な体、細い手足、この生き物は地上では生きていけないだろう。
 上司より命を受け、クリスタルに閉じ込められた彼女を監視する役割を担っているが、敵が来るはずもない。
 ここは地下の最下層。上層にいる屈強な猛者たちを倒さなければ辿りつけない場所だ。
 ぺたりとクリスタルに手を置くと、驚くほどに冷たかった。
 何年、何十年の時を彼女がこの中で生きてきたのか、ヴェルナーに分かることはなかった。しかしこれほどまでに冷たい中は、さぞ寒いことだろう。
「寒くないかい?」
 問いかけが無意味であることは分かっていた。返答があるはずもない。それでいい。
 返事がないからこそ問いかけたのだ。反応があるはすがなかったのに。
 彼女の目が開いた。

マルクカギナ
posted by 日下稔 at 19:00 | Comment(0) | なんちゃって小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年11月30日

冒険譚 ―リラストニア―

 

 慟哭を響かせていた大地が音を失くした。
 それはただ、音がなくなった一瞬で場に居たすべてが屠られたからに過ぎない。
 音を出すモノが居ないのであれば、音が消えるのは当然。
 光りの閃光が空より一筋。場に居た者が見た最期の光景はソレだろう。
 ともすれば導きの光りにも見える煌きに己が身が砕かれ消滅させられるとは思いもしなかったはずだ。
 女性はそれらを眼下にとらえながら翡翠色の瞳を揺らしていた。
「目標の殲滅を確認。帰還するぞ」
「そーだね。帰りが遅いとクルルバード《飛竜騎士団》たちも騒ぎ出すし」
「あいつらが騒ぐのは、お前が勝手にクルル《竜》を使ったからだろう」
「あー、僕だけ悪者? そっちだってクルルに乗ってるんだから同罪だよ! ねぇ?」
 少年が屈託なく話しかけてくるそれに彼女は笑い返す。
「そうだな。私たちは同罪だ」
「ほぉらあ!」
 クルルに乗りながら談笑する彼らは、いままさに一つの国を滅ぼしたとは思えない陽気さだ。
 彼女は拳を握る、瞳に意志を灯して。
 こいつらは必ず、この手で殺すのだと。
 そして世界を平等に――

END


 己の神のため強国に潜入している女性をイメージしています!
 己の神は平等を愛している。だから強すぎる国も弱すぎる国も滅ぼしていきます。
 やることが極端ですが、彼女自身人間ではないので、人の考えはちょっと分かってないです。
 RPGにすると主人公パーティに途中から参入して、主人公らの選択肢次第で死ぬことがあるキャラかと!
 ルートによってはラスボスでしょうかね!!

 
posted by 日下稔 at 11:48 | Comment(0) | なんちゃって小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年11月22日

天才と泣き虫なリゲル

時間があいたーよ! ごめんなすって。


 私が疑問に思うのは、なぜ目の前の女性が泣いているかということだ。
 先ほどまで会話をしていたはずだ。星空を模擬的に映し出す機械についての会話を。
 彼女は熱心にメモを取りながらいくつかの疑問を投げかけて、私はそれに応えていた。だというのに泣き出した。意味が分からない。
 専門用語が多かっただろうか、いや一般人の言語レベルに合わせた会話をしたはずだ。ではなにか機嫌を損なうような発言をしたのだろうか。
 一部の人間の間で"天才"などという称号を付けられた私は、少々物言いがきついことがある。むろん自覚しているし、あえてそうすることもあるが、初対面の女性に向かっていきなり棘のある言葉を投げたりはしない。それが学ぶことに必至な相手であれば、なおさらだ。
 誓って言おう、私は彼女にひどい言葉など与えてはいない。
 ではなぜ泣き出すのか。
 泣く女性の前で棒のように立ち尽くす私は憐れと見られるのだろう。だとすれ誰か、救いの声をかけるべきだろう。しかし道行く人は皆、見てみぬふり。凡人どもめ。
 かくいう私も、もし同じような現場に出くわせば無視を決め込むだろうが。
「なぜ泣く」
 気の効いた台詞など吐けない唇は、冷たい言葉を零すだけ。
 彼女が私を見上げた。
「いえ、感動してしまって」
「――は?」


 END


 他人のことが理解できない天才と、ちょっとした感動ですぐに泣いてしまうリゲル(女性)の物語。
 chikaちゃんは天才の方をイメージ!
 ドSな女王様と迷ったけど、こっちで!
posted by 日下稔 at 11:42 | Comment(0) | なんちゃって小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年11月15日

猫とピアノと僕と孤独

へなちょこクオリティでお送りいたします!



 一人でいられる場所がほしかった。
 愛する人や心を許せる友など必要ない。
 自分に必要なのは美しい旋律を奏でるピアノだけ。それだけあれば生きていける。
 たとえ寄越されるバスケットが少量でも、頭上からミルクを浴びせられても、自分だけが屋根裏に追いやられても、このピアノという楽器に触れられるのであればそれでよかった。

「お前もそう思うだろう? ――なんてな」

 意図的に狙われ傷つけられた指先で白い鍵盤に触れる。
 貧相な指は美しい鍵盤を叩くに相応しくないかもしれない。けれど、これに触れることが許されたのは自分の指だけなのだ。他の誰でもなく、自分だけ。
 ぽーんと小さな音が室内に響く。
 それは日々の雑事で荒れる心を癒してくれた。
 冷たい物置部屋で埃を被っていたグランドピアノ。誰からも興味を示されないかわいそうな楽器。だから自分が使ってやるのだ。自分が奏でればこの楽器は本来の美しさを取り戻す。
 とふと、開いた窓から演奏会の客人が現れた。
 闇を溶かしたようなビロードの毛並み、触れてくれるなと言わんばかりの気ぐらいの高い黄金の瞳。
 彼女はするりと窓から部屋に下りると定位置に座り「さぁ、奏でろ」と、さわり心地のいい尻尾で床を叩いくのだ。

「我が物顔で座ってるけどな、そこは有料席なんだぞ」

 にゃぁと鳴いて催促される。
 しばし沈黙でのにらみ合い。だが再び「にゃあ」と鳴かれると少年は苦笑して椅子に腰掛けた。


 END


 ちなみに彼は、病気になってピアノが弾けなくなって死ぬという結末です。
 ネコだけはそばに居てくれます。
 ネコがなんなのかは、ご想像にお任せです!


posted by 日下稔 at 22:52 | Comment(0) | なんちゃって小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする